ふいに何か滴る音が聞こえ、何の音かと青年を見る。
はっとなり、自分が負わせてしまった傷にセイは動揺すると血を舐めとる様に長く、
大きな舌を動かす。
驚いたのは青年だけでなく、ジキタリスを慕っているような魔界人も同様で、
思わず駆け寄ろうとする。
『僕の血は淫魔だからだめだよ。ってあぁ君の性別わからないんだった…。
 でもなにかあると…。』
『ローズ、例えそのドラゴンが女でも淫魔の血をはじめとする、
 魔界人の効力はドラゴンには無効だ。それより血を吸っていないだろうな?
 ドラゴンの血は私たち吸血鬼にとって強すぎる。』
 慌てて引き離そうとするのを魔王は大丈夫、という。
なぜ自分の種族のことを理解しきっていないのだろうかと、
首をかしげるセイはとにかく恩人の傷をと血を舐めとり、顔を押し付けた。
『大丈夫ならいいんだ。それよりこの毒水どうにかしなきゃ…。
 ストロンガスさん、ハナモモ達を連れて周囲の調査を。
 魔王様、光魔法を使いますが…いいでしょうか?』
『あぁ。浄化させるのか。別に許可とる必要ないだろう。』
 光魔法?とセイは首をかしげかけ、ジキタリスが置いた剣に目を留めた。
その間にハナモモ、と呼ばれた若い犬の獣人を促す魔剣士が一団を連れて立ち去っていった。
 
 
「エクスカリバー!?まさか…」
『エクスカリバー?あぁ、うん。そうだよ…。
 って天族の言葉…じゃない…ですよね…。』
 セイの呟きに答えるジキタリスは驚いている魔王を見る。
「私の言葉がわかる?一体主は何者…。」
『あぁ、ごめん。少ししかわからなくて…。えぇっと僕のこと?
 僕は魔王軍四天王長ジキタリス=サルビア=チューベローズ。
 昔は…人間だったんだ。ちょっと待っててね。今湖を浄化するから。』
 目を瞬くセイの鼻先を撫でると剣を拾い、毒水の中へと足を進めた。
腰ほどまで入ると剣を抜き、その剣先を湖に浸す。
【我に宿りし神の紋。我友に眠―し浄化―力を今-―呼び覚ませ。神――来―――剣】
 途中途中やはり言葉の違いで聞き取れなかったが、
光に包まれ背に翼が生える姿にセイは目を疑った。
元人間の吸血鬼と淫魔のハーフ。
その正体は天の言葉を使い、光を従える天性の勇者。
そして今は魔王と共にいる四天王長。
 
 
銀色の髪が水面に広がり、発光する。
ジキタリスの身体を中心に水が透明へと変わり、あっという間に広がっていく。
「湖が…」
 元の澄んだ水になるのをセイは呆然と見つめていた。
気がつけば満月が写り、月明かりにキラキラと水面が光り輝く。
『…!ローズ!』
 全体が澄んだ頃、突然聞こえた魔王の声に水面に写る月を見つめていたセイは、
光が消えぐらりと倒れる姿を目に入れた。
いまだ光魔法の残る湖には魔王は入れない。
そう考えるより先にセイは身を乗り出していた。
 
 
 
 自分の爪ではまた怪我をさせてしまう。恩人を助ける手がほしい。
そう願ったセイは夢中で手を伸ばしていた。