不思議なことにヴィオは全く似ていないこの人形を「マミー」と呼び、ホシもまた優しい声でヴィオを呼ぶ。
 聞いた話では、昔々の科学者が事故で妻子を亡くし、その悲しみの中、同情されることを嫌って周囲には二人を忘れたふりをしながらこの2体の人形を作り出したのだという。
 ヴァッカーノ国でしかとれない貴重な海鳴石を採掘する「機械」のそばで機能停止していたホシを役に立つでしょうと、一人の男が船に乗せさせ、同時にウイルスを感知できるヴィオを乗せてくれたという。
 以後、船が代替えする度に一緒に船を移り、お互いに「メンテナンス」とやらを行って直しあっている。
 製作者の名前を何と言ったか忘れてしまったが、現在も魔物たちが攻め込んでこないのは何もウイルスのせいだけではなく、ヴィオ達を作り出した製作者の最後の発明といわれる「護符」と呼ばれるお札のおかげらしい。
 なんでも勝手に魔法を放ち守るのだとか。
 
 
 昔、さまざまな魔法を科学の力で使えるようにしたという話もあるが、有名な光魔法を模倣した道具では魔物の目くらましぐらいしかできず、本当に可能だったのかと疑問の声も投げかけられている。
 海鳴石だって人工的に作るすべがあったというが、何せそういった大事な資料はすべて図書館に保管されて普通の人が見ることはまずできない。
それに作り出された海鳴石はわずか3年で効力を失ってしまうが、天然物は何十年ともつ。
 
「マミー、カイメイセキノイチガズレテタ。」
「ありがとう、ヴィオ。あら…この先2時の方角に雷鳴確認。船長さん、2kmほど遠回りになりますが、よけたほうがいいと思うわ。」
 動きが元に戻ったホシはヴィオの堅い頭をなでるように短い腕を伸ばし、そばにいたガレオンに天候を伝える。
「あぁ、そうだな。操舵室でどこを行けばいいのか教えてくれ。」
 女性の柔らかな声にガレオンはうなずくと、ホシと共に進路を相談しに入って行った。
取り残されたヴィオの周囲では船員な達が積み荷のチェックを行い、ホシが感知できない岩場や潮の流れを確認する。
 じっと海を眺めるヴィオに一人の船員が声をかけた。
「何黄昏ているんだ?」
「ワクチンハデキタラダメ、ダトオモウ。アブナイモノハモウダレモツクッタラダメダトオモウ。」
 寸胴で武骨なデザインのヴィオは時折こんなことをいう。
いつも小さな子供のような一面を見せるヴィオの言葉には深い悲しみが含まれていた。
「でもウイルスで苦しんでいる人だっているだろう。なら、早く治したほうがいいんじゃないのか?」
「ウン。デモ、キットナオッタラコワイブキツクッテ、ミンナケンカシチャウ。ソレハイヤ。」
 堅く、冷たい腕を軽くたたくとヴィオは船員を見上げた。
 聞いた話では腕に何か触れたところで気がつかないそうだが、こうして腕を叩いたり、触れたりするとヴィオは子供のように振り返り、短い首をかしげる。
同意を求めるようにイヤダヨネ、というヴィオに船員は確かにと心の中でつぶやいた。
 魔物に対して使う分にはいいが、それをもし人間たちがお互いに向けたらどうなるのか…。
それはとても怖い発想だと再び海を見つめるヴィオを見た。
「パピーハ…キットヨソクシテイタノカモシレナイ。」
 つぶやくヴィオの言葉はほとんど波に音にかき消され、船員には届かなかったがヴィオは気にせず、オシゴトオシゴトと看板の清掃を始めた。