要約すると昔にとても仲の良い夫婦がいて、片方が死んだあと寂しくないように同時に死ぬようにとお互いを結んだのが始まりだとか。
「なんでそれをいま使うんだ。」
 剣をおさめ、床に腰を下ろす魔王アクアリウスは、組んだ足に頬杖をつきながらピスケスを見る。
「だから、詠唱の途中でかんじゃって、それでも無理やり発動させたら偶然できちゃったの!」
 もう、と膨れて見せるピスケスだがかけられた本人達にとっては大迷惑だ。
せっかく魔王戦まで苦労してきた勇者にとってはなおのこと。
「ピスケスは本当にそそっかしいな。」
「だって唱えすぎて疲れちゃったんだもん。キャンサーだって疲れたら噛むでしょ?」
 強面の格闘家、キャンサーの腕を叩くピスケスに黒魔導師は鼻先で笑った。
「もう!サジタリウスも笑わないでよ!!」
「別に。あ、あとで詠唱覚えてたら教えてよ。売るから。」
 怒るピスケスにサジタリウスはローブのフードで半分隠れた顔に黒い笑みでこたえる。
頭が痛いと頭を抱えるアクアリウスは忌々しげにため息をつき、懐から小さな鈴を取り出し軽く振った。
 
 
 軽やかな音が響き、言い争っていた一行が思わず黙る。
ほどなくして現れたのは一匹の…いや一人の初老の男だ。
狼男らしく、尖った耳をピクリと動かせ主に何事かと首をかしげた。
「戦闘は中止だ。後片付けを頼む。」
「かしこまりました。カスプ様が心配しておりましたので、お会いになられてはいかがでしょう。」
 もういやだ、この人間ども。
というアクアリウスは狼男の言葉に、素早く立ち上がりそのまま出ていく。
「早っ…。で…どーすんだよピスケス…。」
「魔王倒すのが目的なのに、魔王倒せないんじゃいみなくねぇか?」  どうすんだよこの状況、という勇者にキャンサーも頷いた。
「ん〜〜っていっても…。この呪い…。
 どうやって解くのか…ぶっちゃけわかんないんだよね。
 お師匠様なら知ってると思うけど…今どこにいるかなぁ?」
 はっきり“のろい”という彼女は何か大事なこと…と考えつつ、さらりと嫌なことを言う。
「お前なぁ…。」
「あ!思い出した!!200m圏内にいないと徐々に弱るんだった!」
 呆れる勇者の言葉を遮り、ピスケスは思い出せてよかったーと一人悦に入る。
 
 
 サジタリウスまでも思わず言葉をなくす中、ごほん、と咳ばらいが広い空洞の中響いた。
 心底どうでもいい、といった様子の勇者が振り返ると、困惑した様子の狼男の姿が一行を見つめていた。
「話がまったくもって見えませんが、とりあえず今宵の戦闘はこれまでと見えます。
 200m圏内ということだそうですので、どうぞ城中にてお休みください。
 アクアリウス様に害あればなおのこと。」
 さぁ、という狼男に勇者は複雑な表情を浮かべる。
まさか魔王を倒しに来たはずなのに、魔王の家ともいえるこの城の中で泊ることになるとは誰が予想できたものか。
 ふと、顔を上げると狼男は勇者の顔をマジマジと見つめてた。
「何?」
「いえ、赤毛の人間を見るのは久方ぶりでして。
 あぁ、申し遅れました。この城の執事をしておりますフェンリと申します。
 先ほどから聞いておりましたが、勇者の名前は何と?」
 不機嫌そうに眉を寄せる勇者に執事、フェンリは尖った耳をひくりと動かせ、首をかしげる。
「俺?アリエス。」
「では…宿敵である勇者に敬語を使うのはいかがなものと思いいますが、不本意ながら本日は来客。
 私は一体どのように接したらいいでしょう?」
 ほぼ、表情のないオオカミの顔をしたフェンリの言葉にアリエスはさらに眉を寄せた。
敬語を使われても困るが、魔物に見下されるような気がして対等にも扱われたくない。
「いつも通りでいいんじゃ…ないのか?」
 困惑しているのは仲間も同じで、キャンサーも隣にいるサジタリウスと顔を見わせている。
「では…不快でしたらおっしゃってください。いつまでもつったってねぇでさっさと城には入れや、このくそ人間共。」
「「敬語でお願いします。」」
 ”いつも通り”で話すフェンリに一行は即座に返す。
すぐさま敬語に戻るフェンリだったが、”いつも通り”というのがあれほどだったとは思ってもいなかった一行は、しばらく誘導するフェンリに逆らうことなく、黙ってついていくこととなった。