日が暮れるまで歩いたサジタリウスは今夜分の自分が食べる分を地面から掘り出すと専用のかごに入れていく。
顔に似合わず料理が大得意なキャンサーが食事を作っている間、ピスケスはその手伝いをし、アリエスが魔物が来ないかを見張る。
というよりもそもそもやることがないアリエスは魔物が来ないかを警戒しつつ、隣の木に凭れるアクアリウスを横目でうかがっていた。野営するために足を止めてから、いつもより少し一行から離れたところに座ったアクアリウスは深くフードをかぶったまま、先ほどから全く動いていない。ややうつむき加減のため、ますます表情が見えないが、座る直前に見た顔色がやはり悪いままだったのが気にかかる。
「おーい!アリエス、めし!そいつ起こしてくれよ。」
 背後から声がかかり、アリエスは振り向いた。
サジタリウスは今回はあまりいい獲物がいなかったのか、専用のかごは既に畳まれ中に入っていたはずの虫は逃がされていた。
アリエスはわかった、というと起こそうと手を伸ばしかけ止める。
 
 キャンサーの言うとおり寝ているのかが気になりつつ、いつもは立てた膝に顔を伏せているため見えない魔王の気の抜けた寝顔でも見てやろうかと好奇心といたずら心がわきあがる。
 いつも何かと静かに諭されたり、呟く様に嫌味を言われ、反撃しても相手にせず常に流すアクアリウスの弱みでも握ってやろうとアリエスはかがみこんだ。
「何してんのよアリエス…。」
 呆れたようなピスケスの声を無視し、さらにかがみこみフードの中を覗く。
キャンサーの言うとおり熟睡している魔王はアリエスの気配で目を覚ます様子はない。
 アリエスは黙って立ちあがると起きなさそうだと身振りで伝え、興味深げな仲間たちのもとへといった。
「やっぱ熟睡してんのか。顔色悪かったしな。」
 仕方ないからパンだけ取っといてやるか、とキャンサーは分けてあったアクアリウスの分をみんなで分け、パンだけを袋に戻した。
「なぁ…あいつの髪って…いくら暗くて見えにくくても水色…だよな?」
「ん?水色というか翡翠色だ。それがどうした?」
 スープをかき込むように食べるサジタリウスはアリエスの呟きに首をかしげる。
魔王城を出てからここまで何度も見てきた魔王の髪の色なんて見間違えるはずがない。
「見間違い…というか顔を伏せているからかもしれないんだけど…黒かった…気がする。」
 
 
 「サディア…。」
 顔を覗き込んだアリエスがまず驚いたのは、フードのふちぎりぎりで見えない長さで顔にかかっていた髪が明らかに黒かったこと。
そして小さく聞こえた呟きと同時に一筋流れた、魔王にはまったくもって似合わない一滴。
 あんまり人のことを考えずに故郷の幼馴染には散々無神経、といわれていたアリエスだが、魔王ほどのものの一挙一動に作用するカスプと言う人。そして今回のサディアという…おそらくは人の名前。知りたくもなかった魔王アクアリウスという魔物…人物の背景に何があるのか、アリエスはキャンサーと見張りを交代し、横になりながら相変わらずあのままの体制で寝ている魔王を視野に入れ、小さくため息をついた。
 
 翌朝になると、大きく伸びをしていたキャンサーの前でようやく魔王が身じろいだ。
よく寝ていたのか、片手で顔を抑え頭を振ると滑り落ちてきた髪をつまみ、小さく舌打ちをする。
 フードで隠れている顔を覆うように両手をあてると深くうつむき、こめかみと目元を軽く叩き、フードをはずす。
見慣れた翡翠色の髪の下は、元の顔色に戻っておりキャンサーはほっと胸をなでおろした。
「昨日の分のパン。いま朝食分作るからまっててくれ。」
 軽く投げて渡すと、アクアリウスははっとしたように顔をあげ、飛んできたパンを受け取る。
「食品を投げるな。」
「すまねぇすまねぇ。そこ下った先に沢があるぞ。」
 パンをかじるアクアリウスにキャンサーは笑うとすぐそこにある、と沢を示した。
わかった、というアクアリウスはパンを食べ終わると黒い犬に変化し、沢へと向かう。
 
 本当にわずかにアクアリウスの髪を見たキャンサーはアリエスの言うとおりだ、と犬の去った方角を見つつ唸る。
 戦闘に関係するわけでもなく髪の色を変えているというのがなんだか腑に落ちないと、キャンサーは手早く朝食を準備しつつ首をかしげた。
 
 犬のまま水浴びをしてきたらしいアクアリウスが、戻ってきてから魔人型に戻ったのを見たキャンサーはあることに首をかしげる。あのまま水浴びをしてきたのならなぜローブが濡れていないのか…。
魔物のふしぎにさらに首をかしげることとなった。