「一体何の騒ぎなんだ?」
 息を整えているアリエスはどうやらわずかながらにも範囲を超えてしまったらしく、血の滲んだ呪いの印に目を落とす。
 追いついたキャンサー達に目を向けるとピスケスは膝に手をあて完全にへばっている。
隣に立つサジタリウスは目の前の光景に眼をしばたかせた。
「いってぇ何の騒ぎなんだ?」
「あぁ、今来たのか。あの妙な連中があの子供をさらおうとして、一緒にいた犬が一生懸命抵抗してたんだが…。それにしてもあの青年…どこから来たんだ?」
 キャンサーの声に一番近くにいた男性が振り返ると簡単ないきさつを話す。
遠巻きに見つめている中、見るからに人相の悪い小男がナイフを手に飛びだすとアクアリウスは易々と避け、男のあいた胴体をけり飛ばす。
 長身の男が襲いかかるのをかがんで避け、腕をつかんでまわし投げつける。
傷ついた犬がそれに気が付き、震える足で立ち上がろうとするが、すぐにその場に伏せってしまった。
 隣にいる小さな人物はあわてて抱き寄せるとしっかりと頭を支える。
「フェンリ、お前は戦闘タイプじゃない。そこを動くな。」
 遅い来る男たちを捌きながら呟くようにアクアリウスが命じると犬…フェンリは力なく鼻を鳴らした。
 
 
 ようやく5人いた男たちを叩き伏せると見守っているだけだった人々は安堵の息を漏らした。
また少し顔色が悪くなっているアクアリウスは大きく息をはき、フェンリ達へと振り返った。
「カスプ!どうしてついて来たんだ!!」
 振り向きざまに怒鳴るアクアリウスにフェンリを抱える小さな姿はびくりと震える。
すぐそばにアクアリウスが膝をつくとフェンリを抱いていた手を離し、ローブのフードが脱げるのも構わず、カスプと呼ばれた小さな少女は飛び付いた。
「パパ、ごめんなさい…。ごめんなさい…。」
「お前になにかあれば…私はどうすればいい。まったく…。無事でよかった。フェンリ、ご苦労だったな。」
 抱きしめ返すアクアリウスにカスプは顔を埋めるとパパ、と繰り返す。
 
「ぱ…パパ!?…っ後ろ!!」
 驚くアリエスだったが、叩き伏せられた男のうち一人が立ち上がり、背を向けたアクアリウスに向かって刃を振り上げる。
はっと振り向くアクアリウスだが、腕にいるカスプを守るため深く抱えた。
「おまっ馬鹿!!」
 あわてて飛びだすアリエスの脇を炎の球が飛んでいく。
再び高々と腕を掲げる男に当たると獲物を弾き飛ばし、飛びかかったアリエスにより男は地面に叩き伏せられる。
 頭を打ち付け、気絶した男から手を離すと、アリエスは黒いローブをジワリとより一層黒く染める魔王とそれにすがる少女を振り返った。
「パパ!パパ!!」
 カスプの悲鳴が聞こえ、ピスケスは急いで回復魔法を施す。
周りで見るだけであった町の人々であったが、これをと担架が差し出される。
 短く礼を言うアリエスはキャンサーを手伝い魔王を乗せようとするが、ぼんやりと眼をあけるアクアリウスがそれを押しとどめ、必要ない、と呟く。
 
「カスプ、どこにも怪我はないか?」
「うん。パパ、早く手当てしなきゃ!今のパパは…。」
 よろりと起き上るアクアリスはカスプの涙を指でぬぐうと大丈夫かと尋ねる。
カスプの言いかけた言葉を人差し指で抑え、静かに首を振る。
 カスプの手を引いて立ち上がるアリクアリウスはフードを深くかぶり、フェンリを抱きかかえる。
 注目されている中、カスプの手を引きながら宿へと歩き出した。
「アクアリウス、だっ大丈夫なの?」
 追いかけるピスケスに不安げに振り返るカスプだったが、繋いでいない手で人差し指を口に当てるとアクアリウスの足元を指さす。
 点々と赤い血をこぼしながら歩くアクアリウスの裾をよく見れば、足跡がない。
歩いているように見せかけているが実際は浮いているらしい。
「あれか…運ばれるぐらいなら浮いてでも自力で戻るっていうやつか。」
「娘さんの前だからとか?」
「っていうかあれ娘なの?めっちゃ小さいけど…。」
 後ろにつきながらこそこそと話すキャンサー達だが、アリエスに何かが投げつけられるのと同時にアクアリウスはカスプを抱きあげ、宿の部屋に向かって飛びあがる。
「いってぇなぁ!!」 
 投げつけられたものを地面に叩きつけるアリエスは範囲を気にするが、一応宿まであと少しの距離。
範囲は出ていないようだ。
 
「何投げつけて…うわぁ…。お前大丈夫かよ。」
「あの若づくり…まじで…許さん…。」
 地面で伸びている毛玉…フェンリは力なく呟くとぐったりと動かなくなる。
このまま放置していては周りの目もある、と放置された哀れな狼男を抱きあげ、宿へと戻った。