妙な夢を見たアリエスはキャンサーより先に目が覚めると、ぼんやりと部屋を見回し小さな女の子がいることに夢じゃなかったのか〜と深々とため息をつく。
 ふと、その隣で眠る姿に目をしばたかせた。黒い髪が顔にかかっているため表情は見えないが、間違いなくカスプの親。
ふと、魔王が身じろぐと慌ててアリエスは毛布を頭からかぶった。
 だが、起きた様子はない。そろそろ、と顔を出すとうめくような声を耳にする。
「パパ、起きて。パパ。カスプはここにいるよ。」
 うめき声で目が覚めたのか、カスプがアクアリウスの頬を叩き、首にすがる。
「カスプ…おはよう。」
「パパ、額当てがずれてる…。パパ…やっぱりパパの顔色よくないよ?」
 起き上がるとともに髪の色が青くなると、アクアリウスはカスプの言葉に首をかしげた。
「大丈夫だ。今日は具合がいい。まだ少し早い。カスプもう少し寝ていていいよ。」
「うん。わかった。パパ…ママの夢見てたの?ちょっとうなされてたよ。」
「…起こしてごめんな。」
 ごそごそと音がし、アクアリウスが部屋を出る。当然のことながら離れすぎてはいけないため、顔を洗いに行ったのだろうが、どこか魔王の行動に釈然としないアリエスだった。
 
 残されたカスプは寝にくそうにもぞもぞと動き、小さく溜息を吐いた。
「勇者の人、起きてるの?」
 様子をうかがっていたアリエスはぎくりと肩を揺らし、慌てて寝たふりをしようとする。
「パパね、お月様がいないと少し顔色が悪くなっちゃうの。お月様のない日はきっと勇者の人でも勝てちゃう。私が…私のせいでパパは…。」
 アリエスの返答も聞かずに静かに話すカスプはだんだんと震えるような声になり、口を閉ざした。静寂に包まれ、アリエスは黙って天井を見上げた。
「本当に魔力とかねぇの?あいつみたいに体を変形できるとか…」
「ないよ。あ、回復だけできる・・かな?代々魔王が絶対に持たない魔法なんだって。ママが言ってた。」
 アリエスに言葉にカスプは首を振ると少し集中して見せる。
極わずかな魔力が感じられるが、それだけでまったく形にはなっていない。
「どうして…パパが魔王なんだろう…。昔の人たちなんて大っ嫌い。」
「昔の人?なんだそれ?」
 少し涙ぐんだ声のカスプのつぶやきに思わずアリエスは上半身を起こすが、答えたくないのか、眠ってしまったのか返事はない。
 なんなんだこの親子は、と出そうになる溜息を飲み込んだアリエスはそのまま起きると床で眠っていたフェンリの尾を思いっきり踏みつけ、哀れな狼男のキャン、という鳴き声が部屋に響くのであった。
 
 
 町を出た一行は分かれ道に差し掛かると立ち止った。
「左を行けば宝珠のいるらしい町で…あ、でもこの先はないのか…。それじゃあ助けたらこっちに来て、そのままえぇっと…あれ?ここ行ったことない街かな?」
 看板を読んでたピスケスは右の道にある町として書かれている名前に首を傾げる。
なんだよ、というサジタリウスはあぁ、と声を上げた。
「こっちむきになっている分かれ道があるんだろう。まぁ…おいらの直感ではこっちのほうに師匠は居そうな気がする。だからちゃちゃと助けてそのまま師匠のいるところに行けばいいと思う。」
 右の道を示すサジタリウスはおいらの勘によれば、といいつつこれからの一行の順路を提案した。
「サジタリウスの勘ってよく当たるからな。んじゃま、それでいいんじゃねぇのか?」
「勘…ね…。なぁサジタリウス。お前、俺の「たぁ!フェンリ乗せて!」きゃいん!」
 キャンサーの言葉に狼の姿になっているフェンリが仰向き、サジタリウスを呼ぶ。
なに、と顔を向けたサジタリウスに向かって至極真面目な顔つきになると何かを言いかけ、カスプにつぶされた。
「おまえ…あんまり飛び乗るといくらなんでも背骨折るぞそいつ…。」
 魔物ではあるが、あまりの扱いについアリエスが苦言をこぼすと、カスプはてへへと笑ってフェンリの耳元に手を置いた。
 ぶつぶつと起き上がるフェンリだったが、今度はアクアリウスに耳をつかまれ、小声で何かを告げられ、ぶすっとした面持ちになる。
彼の機嫌がどうなのかは尾を見れば一目瞭然だ。
 左の道を歩き出した一行は狼とその背に乗る少女を加えて旅を再開する。