「なんでおいらにふるんだ…。アリエス、この馬鹿ども早く黙らせないと日が暮れる。」
「いや、フェンリが沈んだから大丈夫じゃねぇ?」
 キャンサーの言葉通り、ようやく終わった二人の罵り合いにほっとするアリエスだったが、アクアリウスはなかなか振り向かない。
フードを深くかぶりなおすと、フェンリのしっぽをつかみ、ずるずると引きずりながら先に行く。
「さっきの口調って…お前の素なわけ?」
「うるさい。」
 おもわず問うアリエスに短く答えるアクアリウス。
なんとなく憮然とした態度なのは先ほどの醜態を見せてしまったことへの腹いせか。
「今日寝る前に、お空にいるママにパパが悪い言葉でお話ししてたって言えるね。ママ、笑ってくれるかな?」
 カスプの無邪気な言葉にアクアリウスはぴたりと足を止め、無造作にフェンリを投げ飛ばした。
「カスプ…それは…とりあえず…。旅の間はサディアと私のことは禁止。破ったら一ヶ月おやつ禁止。」
「えー!!!パパ酷いよー!ママが聞いたら怒るよ!?」
 淡々とした言葉にカスプは頬をふくらませ、やだ、という。
だが対するアクアリウスはそっけない。
「サディアはその程度じゃ怒らない。というよりも、そのほかのことですでに怒られている。」
 袖をひっぱられながら憮然と話すアクアリウスにカスプはさらに膨れる。
「ママに怒られることしてないもん。」
「1、おやつの時間厳守。2、おもちゃや洋服を買うのは月に2回。3、執務室に入れない。4、雷が鳴った晩でも添い寝しない。5、好き嫌いさせない。6、カスプが7歳になったら一緒に寝ない……私がサディアと約束した内、ここ2年ですでにこれだけ破っているんだが?」
 指折り数えるアクアリウスにアリエス達は呆れた。
この親子…もといこの父親、娘に甘すぎじゃないかと、ようやく起き上がったフェンリに同意の眼を求めるとすでにあきらめた、というような表情が返ってくるばかり。
「だって…。」
「私は元来怒るのが苦手なんだ。サディアとの約束。覚えてるな?」
「パパを困らせない…。」
 うつむき、立ち止まったカスプの前で膝を折り、視線を合わせるアクアリウスは優しく愛娘の髪をなでる。
 唇をギュッと咬むカスプを抱き上げるとそのまま肩車をした。
「なんか調子狂うなぁ…。」
 アリエスはそうつぶやくと置いていかれては面倒だ、と慌てて魔王親子の後を追った。
 
 
「んで…どっから探せばいいんだよ…。」
 予想以上に広い街にアリエスは立ち止まった。
市場が広がり、活気が漂う。この先に町がないのもそのはず。船が見え、帆船が沖へと出ている。
「船を使われていたら厄介だが…フェンリ、どうだ?」
「ん〜〜ちょっと待って…。匂いはするけどいつのだかわからないんで…」
 アクアリウスの言葉に匂いを嗅いでいたフェンリは少し首をかしげ、こっちこっちと細い路地に入る。
「なにするんだ?」
 人目を避けるようにして入った路地をついていきながら、キャンサーは先陣を歩くフェンリに問う。
まぁみてなって、というフェンリは少し開けてはいるものの人気のない場所にやってくると、獣人状態に変化する。
 人気のない場所とはいえ、町の中で変化したことに思わずあたりを見回すアリエスだが、悪いな、とフェンリは肩をすくめた。
「この姿じゃないと使えない裏技があるんで…。じゃあ魔王様、許可をお願いします。」
 アクアリウスの前に跪くようにして屈むフェンリは、頭を魔王に差し出す。
「魔王付き人の一族、狼男長子フェンリ。真名をループス。誓約8に従い同輩検知を代行する旨、承認。」
 アクアリウスがフェンリの額に手をかざし、何かを宣言する。
最後に軽く額をはじくと、フェンリの瞳を割る縦長の瞳孔がさらに細く狭まった。
そして全身の毛が逆立つとふわりと風が舞う。
 それと同時に魔力とも説明のつかないような“気”に近いものが一瞬にして広がり、サジタリスが思わず一歩下がる。